さーぶろぐ(仮)

28歳ついに2度目の退職、無職の世界に舞い戻ってきた。そして29歳、再び社畜の世界へ。働くの嫌い、人嫌い、身軽に生きたい、生きるのめんどい...そんなニートあがりのアラサー女が色々語るブログ。クズ女でもなんとか生きてるよ

おじいちゃんおばあちゃんたちはすごい

TBSの「さんまのご長寿グランプリ」という番組を観ていて、戦前から戦後を生き抜いてきたお年寄りは、私の想像もつかないほどのたくさんのものを見てきているのだと思った。

一言一句覚えているわけではないので、概要ですが・・・

「自分が見たことのある有名人」というインタビューでは、
岸信介(当時の首相で、安倍首相のおじいちゃん)のキャディをやっていた。気さくでいっつもニコニコしていた。偉い人には庶民にはない余裕があった。
・仕事で、GHQの司令官であるマッカーサーが降り立つところに居合わせた。何事もないように平然と降りていたように見えるが、実はドキドキしていたと聞いた。
・ジョンレノンとオノヨーコを見た

「はじめて見て驚いたもの」的なインタビューでは、
・戦後に外人が持ってきたコーラが超美味くて、親にも飲ませたくて思わず埼玉まで持って帰った
・チーズを初めて見たとき、石鹸だと思った。いいものもらったと思い、洗濯に使ったがもちろん汚れは取れなかった。
・洗濯機は活気的だった。中でも脱水が楽になり、もう冷たい思いしながら洗濯しなくていいんだと思った

など、とにかくなんかもう次元が違うのだ。

 

私がすごいと思ったのは、「過去の自分へのビデオメッセージを送る」という企画で、

・37歳で故郷の大阪を離れることになる自分へ。夫の家の都合で福岡に行くことになり落ち込んでるんやろ?でも、ラーメン明太子うどんなど飯は美味いし大丈夫。美味しいごはんがあれば、そこがふるさとになり、いまじゃ立派な福岡の女や!まっとるばい!
・酒のことで悩む昔の自分へ。仲間3人と毎日のように酒を浴びるように飲み、3人は肝硬変で若くして亡くなってしまい、恐くなって悩んでいるだろう。でも大丈夫だ、毎日飲んでもこうやって元気に生きてる。お前の肝臓はバケモノだ!
・親の遺伝でハゲるんじゃないかと不安な若い頃の自分へ。(帽子を取って)残念でしたー!でも、ハゲっていいんだよ!ある年を境に若い女の子が「可愛い」って言ってくれるよ!本当にハゲっていいんだよ!!じゃあな。

・18歳で大学受験する自分へ。東京都立大学早稲田大学を受験する。結果から伝える。
2浪して中央だ!

↑そしてこのおじいちゃんには、もう1本ビデオがある。24歳の頃の自分へあてたものだ。
・お前は顔が小さいハナちゃんに惚れていて、自分なんかがとハナちゃんにプロポーズするのを躊躇っているだろう。でもすぐ伝えろ。
・・・ハナちゃんは、2年後に病気で亡くなってしまうんだ。
ハナちゃんのようないい女はいない。だからずっと独身だ。
ハナちゃ~ん、愛してるよ~

1本目のおもしろビデオから、2本目まさかの純愛メッセージというね

でも50年もひとりの女の人を想い続けるなんてすごいよな。

というか、あの時代に大学いけるのも十分すごいよ、おじいちゃんww

 

でもこのおじいちゃん以上に私がぐっと来たのは、満州から生還したおじいちゃんのビデオレターです。

・おーい太郎ちゃ~ん(おじいちゃんの名前)!82歳になった俺だよ~!まだまだ元気だぞー!
まず、無事に日本の地を踏めてよかったな。本当に大変だったね。
満州では家族8人楽しく過ごしていたのに、日本が戦争に負けて、弟2人も亡くしてしまったね。
それでもお前は家族を励まし続けてくれたね。本当は自分も辛かったのにな。
(ここでアンジェラアキの曲が流れる)
日本に帰れたのは戦争が終わって1年後だったね。太郎ちゃ~ん、どうだ?お腹いっぱい食べてるか?
太郎ちゃんがあのとき、決して諦めることを諦めずに、踏ん張ってくれたおかげで、俺は今日まで生きていることができました。本当にいい人生でした。生きるっていいね、ありがと~う!(大きく手を振るおじいちゃん)

・・・次元が違いすぎる・・・

おじいちゃんが満州から日本に帰って来たのは、12歳の頃だそうです。

成長期にお腹いっぱい食べられず、兄弟もなくし、命がけで帰国し激動の時代を生き抜いたなんて、想像を絶する子供時代だったのだろう。

それでも今、穏やかに幸せそうに生きている。よかったね、おじいちゃん。

私の亡くなった大叔父と大叔母も満州から引き上げてきたと聞いたけど、このおじいちゃんよりずっと年上だからもう大人だっただろうし、子供もいなかったんだよな・・・

 

さすがに時代が違うので、このおじいちゃんと比べて「私の苦労なんて・・・」とは思わないが、

さすがに、「働かなきゃいけない人生を生きるのとか懲役刑だし、一生ニートでいいわ!金なくなったら死ぬからいいわ!」と言っていた自分は恥ずかしくなってきた・・・

戦争で苦しんだのはおじいちゃんのせいじゃないのにね。そんな理不尽な苦労を強いられてきたのに、「生きるっていいね!あのとき頑張ってくれてありがとう」と言えるのはすごい。

 

なんか、なにもしないのが恥ずかしいので、とりあえず久々にマイナビ見てみたよww

2月にある泊りがけの治験を申し込んでいるので、もしそれに当たったら3月あたりから本格的に動き始めようと思います。

それが当たらなければ年明けからですね。

 

もう28のおばさんだけど、自分の身の丈弁えて背伸びしない程度に頑張るわ。

今までの仕事がきっと、普通の人にできても自分にはレベルが高かったんだと思う。

周りが公務員だったり普通の会社や団体で仕事をしていて、自分もそれくらいできて当たり前だと思っていたけど、たぶん私はそのレベルに達していないのだと思う。

仕事は、受験や学校とは全然違うから。受験や勉強で可もなく不可もなくを維持していて、そこまで落ちぶれたことがないから、他の人と同じようにできると思っていたけど、

でもよくよく考えたら、勉強以外のことは、まるでダメだった。

何かを一生懸命頑張ったり、他の人と団結して何かをしたり、人と仲良くしたり、人を動かしたり、自分の意見を言ったり、そういうことができなかった。
ルールや規則に縛られることも苦手だった。
授業や人の話に集中するのも苦手で、よく別のこと考えたり、他のことをしたりもしていた。
学校でやるあらゆることに価値を見出すこともできず、最低限やって手抜きをしては注意された。

社会生活のレベルが、とにかく低い。そんな自分が人並みに仕事できるわけがないのだ。

 

今まで背伸びしていた。

これからは、自分のレベルに合っていて、かつライフワークバランスを守れるように仕事できればと思う。