さーぶろぐ(仮)

ついに2度目の退職、無職の世界に舞い戻ってきた。さてどうするか...働くの嫌い、人嫌い、身軽に生きたい...そんな実家&セカンドハウスで暮らす28歳無職がこの先を考えつつ色々語るブログ

世の中には頑張れる人と頑張れない人がいるんだよ

オリンピック。

甲子園。

あることに向かってひたむきに努力し、勝利のために全力で戦う。

その姿はとても美しく眩しい。

 

しかし。

それを全ての人に当てはめるのは違う。

彼らは自分でそれを「やりたくて」やっているのだ。

 

私は福原愛と同世代だ。

彼女は子供の頃からテレビで取り上げられていた。悔し涙を流しながら、ひたむきに卓球に打ち込む少女。

それを見てうちの母は、「すごいね~、あんたと同い年だよ」と言ってきた。

確かに彼女はすごいよ。私は、自分がやりたくて始めた新体操も、気が向かないときにまで行かなければ行けなくなるのが苦痛で、「じゃあ辞めるわ」ってあっさり投げ出すような子供だったからなww

でもそれを言われたところで、「だから?」って話なわけですよ。

愛ちゃんと私が同い年なのは、何の関係もない。

愛ちゃんは卓球を頑張りたくて頑張ってる、私は生きてるだけで疲れるし何も頑張りたくないからできるだけ気ままに省エネで生きるようにしている。ただそれだけだ。

 

世の中には犬や猫を飼ったりする人もいれば、好きだけどまぁ飼うほどでもない人、嫌いな人、色々いる。

その違いと同じようなものではないだろうか。

別に犬や猫を飼ってる人が偉いわけじゃないだろう。「尊い命を一生懸命世話してて偉いね、人より優れてるね」とはならんわけで。

 

別に私が愛ちゃんと同じ土俵に立ってるなんて思っていない。

そんなおこがましいことなど毛頭思ってもいない。

ただ、同い年という共通点だけで引き合いに出されても困る。
人それぞれ、では済まないのだろうか。

 

頑張れる人、頑張れない人。

ただそれだけの違い。

私からしたら、頑張れる人は別世界の人。

見ればすごいと思うしキラキラしていると思う。

年を取ったのか、甲子園見てると涙が出てくるようになった。

ただ、「こんなに頑張ってる人がいるのだから、自分も頑張らなきゃ」とはならんのだ。

逆に頑張りたくて頑張ってる人には、頑張らない生き方はできないと思うし、やりたくもないだろう。

人には合う合わないがあるのだ。

 

上を見ることも大事だとは思うが、そればかりしていてもキリがない。

自分の身の丈を知るというか、無理せずそれにあった生き方をすればいい。

もちろん「無理するのが好き」な人は、それをすればいいしね。

頑張るのはいいけど、それをこちらに強要したり、必要以上に見下したりしないでください、単なる嗜好の違いですから、お願いしまーす